経営力向上計画は、中小企業が設備投資をした場合に減税措置などが適用される制度です。
減税措置では、「即時償却」や「10%の税額控除」が適用されます。
かつて、経営力向上計画は、ものづくり補助金の加点項目になっていました。
そのため、設備投資を行う多くの製造業者様が、ものづくり補助金とセットで認定申請をされています。
コロナ禍の2020年においては、テレワークなど業務のデジタル化を促進する設備が新たに税制措置の対象になったため、ふたたび注目が高まっています。
本記事では、この経営力向上計画を半日程度で書きあげるコツをお伝えします。
目次
経営力向上計画のかんたんな書き方
1.手引きをマネして書く
結論から申し上げますと、中小企業庁のサイトにアップされている「経営力向上計画策定の手引き」の記載方法をマネして書くことが、認定審査に通りやすい申請書をもっとも早く書くコツになります。
提出先の監督官庁に独自の計算様式がある場合は、その様式を活用しましょう。
以下は近畿経済産業局の独自様式です。
決算書の数値をピックアップして入力するだけで、計画数値を自動計算してくれるなど便利な機能がついています。
入力内容に不備がある場合は、エラーチェックもしてくれます。
とは言っても、書き方に戸惑い、書くのに時間がかかる項目もあると思います。
そこで、事業者の皆様が主に戸惑うと思われる以下3つの項目について書き方のポイントをお伝えします。
・「4現状認識 ②自社の商品・サービスが対象とする顧客・市場の動向・競合の動向」
・「5経営力向上の目標及び経営力向上による経営の向上の程度を示す指標」
・「6経営力向上の内容 (3)具体的な実施事項」
これらの3つの項目について書き方のポイントを押さえるだけでも、大幅な時間短縮になります。
2.自社の商品・サービスが対象とする顧客・市場の動向・競合の動向
一つ目のポイントは「4 現状認識」の項目の「② 自社の商品・サービスが対象とする顧客・市場の動向・競合の動向」についてです。
では、この項目を作成するために必要な内容をピックアップして整理してみましょう。
この記事では、製造業を例に解説します。
①自社の商品・サービス
例えば、自社が建設機械用の部品を多く取り扱っている金属製品加工業であれば、以下のような書き方になります。
「建設機械用部品を中心に幅広い分野の金属製品の加工を行っている。設計段階から関わり、コストダウンにつながるVA提案を積極的に行っている」
後半の「設計段階から~」のくだりでわかるように、自社の商品・サービスの展開状況も合わせて書くと、内容が充実してきます。
②顧客・市場の動向
顧客は、具体的な名前を出さなくても大丈夫です。
とはいえ、大手企業との取引がある場合は自社に対する信頼性が高まります。
名前を出しても大丈夫なのであれば記載しましょう。
記載内容が外部に公表されることはないので安心してください。
書き方は、以下のようになります。
「主要顧客の大手建設機械メーカーA社を中心に30社程との取引がある」
自社が、大手企業の3次下請けである場合は、以下のような書き方が良いでしょう。
「大手建設機械メーカーA社向けの部品製造を行うB社を主要顧客としている」
③自社の強み
強みは、取引先が自社を選んで発注をしてくれる理由を考えます。
納期が短い、品質が良い、コストが低い、融通が効くなど何か理由があるはずです。
その理由を、根拠となる技術やノウハウで説明します。
例えば以下のような書き方になります。
「当社の強みは、創業以来30年にわたり培ってきた設計ノウハウを活かしたVA提案によるコスト削減である」
「当社の強みは、熟練職人が40年にわたって磨き続けてきた加工技術が実現する高精度な部品の品質である」
「当社の強みは、小回りが効く若い職人が難易度の高い受注にも柔軟に対応できる融通の良さである」
④競合の動向
他社の状況は見えにくいと思いますので、この内容は無視しても大丈夫です。
他社の情報があるのであれば、簡単に記載すれば良いでしょう。
とはいえ、競合分析は重要です。
自社の立ち位置を確認でき、次の事業展開も考えることができます。
日ごろから他社の情報を収集しておきましょう。
書き方は以下のようになります。
「競合は同じ金属加工業のB社である。設計から検査までの一貫加工体制を構築しており低コストと短納期を実現している」
⑤「自社の商品・サービスが対象とする顧客・市場の動向・競合の動向」のまとめ
①から④までを、まとめて書くと以下のようになります。
「当社は、建設機械用部品を中心に幅広い分野の金属製品の加工を行っている。
大手建設機械メーカーA社向けの部品製造を行うB社を主要顧客としており、10社程度の取引先がある。
当社の強みは、熟練職人が40年にわたって磨き続けてきた加工技術が実現する高精度な部品の品である。
競合は同じ金属加工業のB社。設計から検査までの一貫加工体制を構築しており低コストと短納期を実現している」
認定審査に通るには、①自社の商品・サービス、②顧客・市場の動向、③自社の強み、④競合の動向の4つのうち3つの内容について記載すれば十分だと考えます。
3.経営力向上の目標及び経営力向上による経営の向上の程度を示す指標
ふたつめの書き方のポイントは「経営力向上の目標及び経営力向上による経営の向上の程度を示す指標」です。
この項目については、「経営力向上計画策定の手引き」の記載方法を見ただけでは非常にわかりにくいと思います。
また、業種や企業規模によって目標数値も違います。
このため、計画した目標数値を満たせず、審査で修正となることが多い項目です。
まずは、中小企業庁のサイトにアップされている「事業分野別指針」を見て、自社の目標値を確認するところから始めましょう。
上記と同じく金属製品加工業を例にとります。
この企業の決算期は3月とします。
指標は労働生産性を選びます。
計算がもっともしやすい項目が労働生産性です。
審査で修正になったときも、最もスムーズに修正しやすい項目です。
計画期間は3年としましょう。
実施期間が短いほうがが小さいため、目標値の計算や修正がしやすくなります。
それに、3年たてば会社の経営計画に何かしらの変更も出てくるはずです。
これらを踏まえて、製造業の指針の労働生産性の目標を確認します。
製造業の労働生産性の3年間の目標伸び率は1%以上となっています。
この目標値(1%以上)を満たす目標数値を算出する必要があります。
①現状の数値の計算
次に「A現状(数値)」を求めます。
直近の決算書を用意しましょう。
現在が2020年11月ですので、直近の決算書は2020年3月期です。
計算方法は、記載方法にあるとおり以下となります。
労働生産性 =(営業利益+人件費+減価償却費)÷ 労働者数
分母は計算のしやすさを考えて、労働者数としています。
また、人件費と減価償却費に入れる勘定科目について迷うと思います。
よってい以下に、勘定科目を記載します。
【人件費】
・売上原価に含まれる労務費(福利厚生費を含む)
・一般管理費に含まれる役員報酬、従業員給与、賞与、福利厚生費
本来であれば退職金や派遣労働者の外注費なども含めますが、ここでは計算のしやすさを優先します。
【減価償却費】
・製造原価及び一般管理費に含まれる減価償却費
ここでも計算のしやすさを優先します。
特別償却などがあった場合は、その償却費は除いて計算するほうが望ましいです。
特別償却は、例年と異なるイレギュラー数値であるため、この後に計算する目標値に関して現実的な計算が難しくなるからです。
これら人件費と減価償却費の勘定科目は、あくまで参考です。
企業によって、各勘定科目の解釈の仕方が異なると思いますので、迷う場合は税理士の先生と相談をしましょう。
②計画終了時の目標の計算
計算方法は「A現状(数値)」と同じです。
労働生産性 =(営業利益+人件費+減価償却費)÷ 労働者数
ここで重要なことは、現状の数値の計算方法と一貫性を持たせることです。
労働者数の解釈を変えたり、人件費や減価償却費に入れていた勘定科目を変えたりしないことです。
【営業利益】
今回の設備投資を含む計画で、どの程度の売上、もしくは利益が上がるのかの見込みがあると思います。
その数値を根拠に計算をします。
1年ごとの推移があれば理想です。
なければ、社長の感覚で大丈夫です。
社長の感覚は、かなりの精度で正確であるはずです。
【人件費】
今後の採用と賃上げの計画をもとに計算します。
例えば、従業員10人の金属製品加工業が以下のような3年計画を立てたとします。
・現状数値:4600万円
ー役員報酬600万円
ー労務費+従業員給与=3000万円
ー賞与+福利厚生費=1000万円
・3年で1人採用
・賃上げは4.5%(年率1.5%)の賃上げ
計算は以下のようになります。
600(役員報酬)+300(300万円×1人採用)+3,135(労務費+従業員給与3000万円×4.5%)
+1000(賞与+福利厚生費)=5,035(計画終了時の目標数値)
賃上げ年率1.5%は、実現するのが難しい数値だと思います。
しかし、この1.5%という目標値は、他の中小企業支援策の計画でも使える数値ですのでお勧めです。
ものづくり補助金の賃上げ要件も年率1.5%増加です。
【減価償却費】
減価償却費は、ほぼ横ばいで大丈夫でしょう。
計算根拠の解釈としては、経営力向上計画に記載した設備の他にも設備投資をするという設定です。
そのため、計画に記載した設備の減価償却費は徐々に減る一方で、他の設備投資の減価償却費が計上されるという解釈です。
ここでも計算のしやすさを優先します。
③経営力向上の目標及び経営力向上による経営の向上の程度を示す指標」のまとめ
ここまでで、「現状」と「計画終了時の目標」の数値の計算ができました。
しかし、「伸び率」が達成できないということがよくあります。
その場合は、以下のように計画を変更します。
・売上・利益の見込みを増やして営業利益を増加させる。
・人材採用の予定を中止して人件費を減らす。
・今後の設備投資の予定を中止して減価償却費を減らす。
重要なことは、計画作成の考え方の元っとなった計算の根拠を残しておくことです。
経営力向上計画の提出先から、いつ問い合わせがあっても対応できるようにしておきましょう。
4.具体的な実施事項
みっつめの書き方のポイントは「具体的な実施事項」です。
この項目も、中小企業庁のサイトにアップされている「事業分野別指針」を見ながらマネして書きます。
①必要実施項目の確認
まずは、自社が最低限いくつの項目を実施しないといけないかを確認します。
中小企業庁サイトにアップされている「事業分野別指針の概要」を開き「製造業の指針」のページを確認します。
自社が従業員10人の製造業であれば必要な実施項目は2つになります。
選ぶ項目は、イ~二の中から一つとホ~トの中から一つの合計2項目です。
イ~二の中からは「自社が取り組みやすい内容」や「取り組みたい内容」を選びます。
「取り組みやすい内容」としては、
・「イ(2)多能工化及び機械の多台持ちの推進」
・「ハ(2)暗黙知の形式知化」
といったところでしょうか。
ホ~への中からは、ほとんどの企業は設備投資をするはずなので「ホ(1)設備投資」を選ぶと思います。
②事業分野別指針をマネして書く
次に、中小企業庁のサイトから自社の業種に該当する詳細な事業分野別指針を開き、記載されている内容をマネして書きます。
製造業であれば、製造業の指針を開き、マネして書きます。
例えば、「ハ(2)暗黙知の形式知化」を実施項目として選んだとします。
該当するページに記載されている実施内容を、自社の現状に合うように変更を加えながら、マネして書きます。
自社の現状を考慮して、記載の取り組みが問題なく実施できそうであれば内容をコピペしても良いでしょう。
(2) 暗黙知の形式知化
製造業に係る経営力向上に関する指針
暗黙知を有する従業員から暗黙知となっている工程設計に関する技能及び知見を聴取し、又は当
該従業員自らが当該暗黙知を文章等に整理することにより、当該工程設計に関する技能及び知見を
業務標準として形式知化し、他の従業員に共有することで、製品一単位を製造するために必要とな
る費用を低減する。
上記は、製造業の指針からの引用です。
この引用を、先ほどの「建設機械用の部品を多く取り扱っている金属製品加工業」を例にとって、以下のように書き換えます。
「建設機械用部品の高精度加工において暗黙知を有する熟練職人の経験や勘を聴き取り、文章化することで業務マニュアルとして形式知化する。この業務マニュアルを全職人が共有することで、加工の難易度が高い建設機器用部品の業務効率化を図り、製造コストを低減する」
「経営力向上計画の手引き」の記載方法に自社が取り組む実施事項がある場合は、そちらをマネしても良いでしょう。
ホ(1)設備投資の書き方も基本的には同じです。
ただし、具体的な設備投資内容が決まっている場合は、以下のような書き方が良いでしょう。
③設備投資の書き方
「経営力向上計画の手引き」の記載方法をマネして書いても良いですが、もっと簡潔に記載して良いでしょう。
設備投資の記載事項に必要な要素は以下の3つで十分だと考えます。
・設備投資の背景
・設備投資の内容
・設備投資の成果
例えば以下のような書き方になります。
「主要取引先A社からの高精度建設機械部品の増産依頼が来ている。しかし、ネジ穴加工がボトルネックとなっており、A社が要望する納期に間に合わないため受注できない。(設備投資の背景)
そこで、高精度ねじ穴加工が可能な複合加工機を導入し、生産プロセスの改善を行う。(設備投資の内容)
これにより、それまで3工程かかっていたネジ穴加工が1工程となり、生産リードタイムが短縮されることで、A社が要望する納期での生産することが出来るようになる(設備投資の成果)」
5.「経営力向上計画」の書き方まとめ
この記事では、経営力向上計画を半日で書くことを目的に、以下の2点に重点を置き認定申請書を作成するコツを解説してきました。
・認定申請書をスムーズに早く書く。
・認定審査に通りやすい。
そのため完璧な解説ではありません。
記事の通りに書いたのに、認定審査に通らなかったということがあるかもしれません。
審査をする担当者によっても、解釈が微妙に違うこともあります。
私見では、関西・関東などの都市圏と、四国・中国などの地方圏では、審査の深度が明らかに違います。
地方圏のほうが審査が細かく厳しい印象を受けます。
これは申請件数の少なさが影響しているのではないかと思います。
とはいえ、審査をするのは各地域の提出先の監督官庁です。
提出先の担当者の方の指示に必ず従ってください。
しかし、お伝えした方法は、私が知る限り最も合理的な方法です。
事業者の皆様には書類の作成はさっさと終わらせて頂きたいと考えています。
そうして、もっと重要な経営判断に時間を割いていただくことが大切だと考えています。